movie book art etc…

月蝕

 

 

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

 

 

 

 

寺山修司

未発表歌集『月蝕書簡』

全歌集を発表した後、全の意味を易く裏切りたくないという思いから、歌は作らないと言っていた寺山修司さんが、ぽつぽつ書きためていたものをまとめた作品

様々な紙片にメモされ、綺麗に清書されたものあれば、書きなぐっていたりするものもある。

 

私の印象では、多彩な才能を持ち、完璧なイメージだった寺山さんが、書かないと決めたにもかかわらず、内から溢れだした言葉

その歌は推敲がしきれてなかったり、悩み、行き詰まった様子が伺えて、とても人間らしさがみえる。以前と変わらず父母を詠んだ歌も多く、本人の中でどれだけ存在が大きかったのかがよくわかる。

以前の作品から、特に母親への感情は複雑だった印象を受けたのを思い出した。

数はつくれるけど妥協を許さず、良いものをと考えた時に、周りの勧めにも『いや、駄目です』と言いきったところは、中途半端なものはよくない、と考えたのだと思う。

そこには二十年ぶりにつくる恐怖や自信のなさもあったのかもしれない

過去の作品が偉大すぎると、それを越えるのは本当に難しいと思う。類似していると言われたり、常に比べられたりして、新たに生み出す歌は多大なる苦労を要する。

三年間で三百出来ていた新作を五作まで消していく作業で、ますます元気になってきたという。内部を活性化する試みだったと考えると、在りすぎるものを削り取ることで、もしかしたら見えてきた景色があったのかな…

この本を読んで、皆それぞれ感想が違うんじゃないかなぁと思う…。人によっては物足りなさを感じる人もいるかもしれない。

でも、プレッシャーや自己を模索しながら書きとめていったこの作品集は、寺山修司さんの人物史を読むようで、感慨深いものがある。

「下としてわが子を宿せいもうとよ月蝕の」という書きかけで終わってる歌の先へと思いを馳せてみたり、日常に対する着眼点、言い回しや詩的表現の広がり、まだまだ新しいイメージを散りばめてるところは、深く敬服する。

 

 

 

栞の『現代短歌のアポリア   心・肉体・フォルム』に、田園に死すを最後に何故短歌が作れなくなったのかについてかかれている。

"万物を連続体としてとらえる発想は、散文の発想である。散文を書いてる人が、「私は」と書き始めたときから、「私」というものを連続性でとらえないと叙事として成り立たない。それでは、私とはなにか…?と疑いをかけ、その意味を問う

結果「私」を原点とした短歌ができなくなる"

 

 

 

対談に対する受け答えが、博識で理知的、思慮深く、自分自身に固執してない、何者にでもなれる自由さを持っていて、それは他者との境界線を引かず曖昧にしてる故なのかと感じた。表現の数を入れる箱の大きさが決まってないことは、どこまでも伸びやかな柔軟性と等しく、底から滲み出る本人の魅力に繋がっていると思う。本当にかっこいい。

私は、きっと作品よりもこの方の人間性に惹かれてるのだと確信した

生き方が素敵な人に、凄く憧れる。

 

 

 

 

短歌というと、寺山修司さん以外あんまり読んだことがないのだけど、この間、穂村弘さんの『ラインマーカーズ』と『水中翼船炎上中』を読んだ

 

 

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi

 
水中翼船炎上中

水中翼船炎上中

 

 

 

ラインマーカーズ
ピンク、黄色、緑。蛍光ペンの薄くて軽い光が交差し、重なり合い、自由奔放に伸びゆく線。『手紙魔まみ』の無邪気でちょっと強引だけど、憎めない女の子が可愛らしかった。

夏の日に海辺を歩きながらぽつりと呟く、悪魔みたいな甘い言葉と差し出される小さな手、その手を引く君

"水中翼船炎上中"という題名から、もう素晴らしいなぁと感じてしまう

どちらも素敵だったけど、どちらかというとラインマーカーズの方が、研ぎ澄まされていて尖ってるところが好きでした

 

 

 

まだ初心者なので、もっと色んな短歌の本、楽しんでいきたいなぁ…

 

 

 

だいぶ秋めいてきて、窓から入る涼しい風に心が穏やかになる日々。

ソニマニのマイブラ行きたかったなぁとか、エヴァンゲリオンの最新作のニュースにわくわくしたり…

夏のニュースもすぐ吹き飛んでいってしまうほど、日々はあっというまで、季節さえ見失いそうになる

あちこちお散歩して自然を感じたり、秋服を買ったり、映画館や公園にお出掛けしたりしたいなぁ…